寺・神社・教会等
木造阿弥陀三尊像(西光寺) 県指定の重要文化財。三原氏の菩提寺。
所在地
  福岡県三井郡大刀洗町大字本郷
  
内容
  県指定の重要文化財。永正3年(1506)三原氏の菩提寺として建立された。三尊像のうち中央の本尊阿弥陀如来像は春日仏師の作、観音と勢至の両菩薩は行基の作と伝えられています。
(説明欄)大刀洗町役場のホームページ


本郷高良玉垂神社境内 三原城の守護神。
所在地
  福岡県三井郡大刀洗町大字本郷
内容
 建久元年(1190)筑前高取城主原田種直の子種朝が三原氏を継ぎ三原城に入城しました。このとき筑前筥崎宮に願い出て高良新宮の神霊を分祀し城内に奉り三原城の守護神としました。その後延元3年(1338)城中では兵火にかかる 恐れがあるとして、三原種昭が現在の地に奉祀し、相殿に八幡神、住吉神を合 祀しました。
 境内には庚申尊神・猿田彦大神などの石碑や各種の神々も奉られ、現在に至 るまで御原郡の宗廟として、また、この地方の鎮守の宮として尊崇されています。
  神門は、入母屋屋根の八脚門で、左右に木像を祀る随神門の形式です。規模 は梁問3間・桁行3間。親柱を太めの丸柱、控えを角柱とし、中央の出入り 口頭上に本蟇股付虹梁を架け渡した簡素な造りの建物です。文化4年(180 7)の建造です。
  本殿は、前面に庇を付けて屋根を葺きおろす三間社流造りの形式です。建物 全体は玉石積みの基壇の上に造られ、縁は指肘木で支えています。妻造りは張 出して、出組の上に二重虹梁大瓶束をのせ、装飾豊かな彫刻で仕上げている点 に特徴がみられます。天保14年(1841)の建造です。
 大刀洗町内では唯一の神門が残る神社として貴重なものです。 神社ゆかりの年中行事に「獅子追い行事」などがあります。
(説明欄)大刀洗町役場のホームページ


大堰神社 水田を潤す恵利堰・床島用水関係の神社。
所在地
  福岡県三井郡大刀洗町大字冨多
  
内容
  この地方の水田を潤す恵利堰・床島用水は正徳2年(1712)難工事の末完成をみた。大正年間恵利堰建設の指導者の功をたたえ草野又六・高山六右衛門・秋山新左衛門・鹿毛甚衛門・中垣清右衛門・丸林善左衛門を追加合祀した。又江戸水道上の水神社でもあります。
(説明欄)大刀洗町役場のホームページ    


今村カトリック教会 レンガ造りの教会としては貴重な存在。
所在地
  福岡県三井郡大刀洗町大字今707番地
  
内容
 この地方にキリスト教の信仰が芽生えたのは何年頃か定かではないが、1560年代には筑後地方での代表的なキリシタン集団が形成されたと伝えられる。1587年の豊臣秀吉によるキリシタン禁令、また1614年発布の徳川家康による全国的なキリシタン禁止令に基づく弾圧の嵐は、1630年代、特に1638年の「島原の乱」終結の年からこの地方にも吹き荒れた。しかし、多くの信徒が潜伏して信仰を守った。
 1867年2月26日、長崎浦上の四名の信徒により今村の潜伏信徒が発見され、浦上の信徒とひそかに交流を保ちながら信仰を守り通した。  
  二つの塔を持つロマネスク様式赤レンガ造りの現教会は1908(明治41)年に本田保神父により計画され、外国、特にドイツからの寄付、信徒たちの労働奉仕のうえ1913(大正2)年に完成した。設計・施工は当時長崎で多くの教会建築を手掛けた鉄川与助氏である。
  国内に残るレンガ造りの教会としては貴重な存在である。軟弱な地盤のため基礎工事には技術・コスト面で困難を極めたといわれる。ステンドグラスはフランス製、柱は高良山の杉、レンガは千代田町迎島の5工場に特注したもの、石材は浮羽郡と西見(長崎県)産、内部に掲げてあるキリスト受難の14枚の聖絵はフランス製である。外部・内部とも建設当初の状態が保たれ、明治後期から大正初期の教会建築の様子を知ることができる。
(説明欄)大刀洗町役場のホームページ


ハタモン場 キリシタン・ジョアン又右衛門の殉教の地。
所在地
  福岡県三井郡大刀洗町大字本郷
  
内容
  当地のキリシタン信仰の指導者であったジョアン又右衛門の殉教の地と伝えられています。
(説明欄)大刀洗町役場のホームページ

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