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    花嫁衣裳
   
  いよいよあたしどんのご祝儀ちぅこつに成ったが、さて肝腎の花嫁さんな、古かん棚の虫干 しんごたるこっじゃん、何か作っておすけられち云うばってん「よかじゃんろ、何でんお前にや るとじゃけん」ち、お父っつぁんな云うとんなさるもん。ほんなこつ何でん頂いて借銭まで頂 いてしもたたい。そりばってん、別にしやっち新しう作らにゃ用の足らんち云うこつは、なか もんじゃけん。お父っつあんの云いなさるごつでんあるもんの。

  その頃までは、着物でん昔のふう残っとって、おっ母さんのつ、ばばさんのつ、ひばばさ んのつち云うて、古るか良か物ば嫁入るとき持って行くとも、またひとつの自慢でんあったた い。そっで、自分のつにち言うて新しう作っちゃ頂かしゃったばってん、昔の総模様の御守殿風の打かけ てんの、何枚でんあったつば、あたしよかごつ寸法ば肩幅てん何てん、下着も合うごつ色々せ にゃんけん、石原のおくにさんの泊り込みで縫い直しに来てやんなさったたい。

おくにさんな石原の総本家の九代小右衛門さんの娘で、十代正二郎さんの奥さんじゃったが、 もうそん時は後家さんになっとんなさった。お祖父っつあんの姉さんの娘ごたい。ほんに手の 利いたお方じゃったけん、そげなの扱いでん何でん出来よんなさったたい。

  五六枚あったつの中であたしが一番好いとったけん、いまでん、忘れんで、よう憶えとっと は、オリーブ色の地に、肩から枝垂柳の金糸銀糸で全体に入って、その葉は鹿の子もありゃ、 金、銀の葉の刺繍で入っとって、その間に「風、新柳を梳る」ち云うあの詩ば草書体に散らし書 きにして刺繍してあったたい。

金糸てん絹糸で刺繍してあっとの昔のもんでんまあだ色もさめず、さすがに品の良かけん、い つまつでん美しうしとったたい。そっでなまなかな新しもんよりよっぽど良かったかも知れん し、新しう買おうち云うなら、大したこつじゃろけん、その頃のうちの財政じゃもう手も出 じゃっつろうけん、買うてもやんなさらじゃっつろたい。

外の物も似たりよったりでなかなか豪華なもんじゃったばい。そのうちかけば奥に何枚でん、 衣桁に掛けならべて、飾ったけん、やっぱほんに美しかったたい。どっでん山本、大田、今田 あたりからおいっとったつのご衣裳じゃっつろたい。

  ご祝儀のお盃事の時ゃ白無垢ば着て、かみゃ、さげ下地に結うて、綿帽子ば横に冠るたい。船 形の綿帽子たい。慶事は横忌事は縦に冠るとが昔ゃしきたりじゃったたい。さげ下地は武家の 髪型で、前髪と両鬢ばふくらかして、後よりに束ねた髪の半分ば、のの字まげに結うてべっ甲 の長こうがいと櫛ばさして、残り半分ば後に下げ髪にして、白奉書紙ば折って、"あわびのし" ば入れて髪ば包み込うで、水引の先ばきりきりと巻きあげたつば掛けたたい。

色直しの時ゃ白無垢の上に赤絹ば重ねて、広幅帯ばしめて其上にお古の総模様の打かけば、取 り換え引きかえ着て出たたい。そげなふうで花奥さんより、古るかつでんよっぽと打かけん方 が豪華で美しかったたい。

そっで、石原んおくにさんでん、礼法の先生に来なさったばばさん達でん、出入のばばやいた ちも、ほんにせっかくこげん美しかもんば着なさったつに、花婿さんの方から女のお客さんの 誰りん来なさらんで、お目に掛けられなさらんちゃ惜しかこつのち、滅多云いしよんなさったたい。

実のとこ、あたしん少々がっかりじゃったたい。男の婿さんじゃけんち云うとこじゃり、向う 方からは男ばっかりで誰りん女のお客さんな親姉妹でん来なさらんもんじゃけん。来て頂くご つ頼だばってん、そりゃこつちん親類てん、近所、知り合いのお客さんにゃ女客もごーほなし こあったばってん。


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