矢部村老人クラブのあゆみ

生涯学習

生涯学習

高齢者問題の対策は、今や我が国の大きな課題のひとっである。若者が村を去り、子どもの出生が少ない矢部村においては、高齢化率二四、ニパーセントで県下でもトツプを示し、高齢者対策は村の深刻かつ重要な課題である。

考えてみると、明治、大正、昭和と激動の三時代のさまざまな苦難の人生を生き抜き、今日の経済大国日本のいしずえを築いてきたのは、いうまでもなく今は老境を迎えた高齢者である。

古来、われわれの祖先は、古老を尊敬し、老人の知恵や生き方を学んで、うるわしい風習や伝統文化を築きあげてきたのである。その先人、古老の知恵や生き方を学ぶのは、われわれ若い世代の務めであり、また今後生きていく道しるべでもある。

ひとり暮らしの老人や老夫婦二人の孤独で、わびしい暮らしの様子をよく耳にする。現代の風潮は、ややもすれば老人を厄介者扱いにする傾向がある。しかし、考えてみれば、若い者もやがては老境に入っていく身である。親や老人を大切にしなければ、またその子も親や年老いた身を大切にはしてくれないはずである。

矢部村では、村政の三つの柱のひとつに福祉高齢化社会への対応をうたい、村をあげてその施策を模索しているところである。具体的には老人医療対策、ホームヘルパー制度、老人クラブヘの物心面の援助、老人憩いの家の建設と運営、敬老会などさまざまな施策を行っている。また現在、福祉の里づくりの構想なども策定されている。

しかし、老人自らが先行きを悲観したり、他人や行政の援助を頼りにしたりして受身になっては、前途はますます暗いものになってしまうであろう。

そこで、高齢者自らが自助努力をし、またお互いに助け合い、励まし合って老後の生き方を学習しなければならないと考える。

そういうねらいのもとに、全国的に老人クラブが結成され、さまざまな活動がなされている。

矢部村では、昭和四十年四月一日、初代会長姫野宇八氏を中心に老人クラブが結成され、その後老人クラブ独自の白主的運営と活動がなされ、今日に至っている。

結成にあたっては、村の要請と指導のもとに有志が各集落をまわり、その趣旨を説明して参加を呼びかけ、組織づくりがなされた。さらにクラフ員自ら未組織地区をまわって、組織拡大に努めたのである。
昭和31年度の敬老会

昭和31年度の敬老会

平成三年三月現在、会員数は六百十五名を数え、自らの生き甲斐と健康づくりを目指して、学習会やゲートボール大会の開催、村の各種のイベントヘ積極的に参画している。また、老人憩いの家でのお互いの交流や生涯学習の一環としての高齢者大学、大学院での学習と意欲的に取り組んでいる。

老人クラブの運営費は、単位クラブの負担金と村の補助金でまかなわれ、平成二年度の経費は約百五十万円である。

事業としては、総会のほか研修会、ゲートボール大会の開催、社会奉仕の日を設けて空かん拾いなどを実施して、地域に貢献している。

老人は、無駄に年老いたわけではない。長い年月いろいろな体験を積み重ね、村の発展に寄与した歴史がある。若者の持たない生活の重みや知識、技能がある。矢部村の活性化のためにぜひ貴重な体験と知恵のある老人の力を借りなければならない。また老人もいたずらに老い込むことなく、生き甲斐を求め、村の発展のために力を貸してもらいたいものである。

日本古来の美風である長幼の序や敬老の風習を今後とも伝えていかなければならない。

歴代連合会長

初代会長   姫野宇八  二代会長   川島真澄  三代会長   原島勘次郎  四代会長   新原八十郎  五代会長   森下節治  会員 六百十五名

県連表彰者

○昭和五十七年度   ・特別表彰  森下節治、原島節治   ・二十周年記念表彰 栗原又一、軣克己           川島真澄、小田長平、原島勘次郎、川口美津二、渡辺佐太郎           小畠嵩、鬼塚勘太郎、石川斗一、山口儀一  〇昭和六十年度  石川一  〇昭和六十一年度   ・県連会長表彰 竹田大吉、中島信雄     坂田房吉   ・県知事表彰  原島槌夫 ○昭和六十二年度   ・県知事表彰  川口登