天平13年(714年)聖武天皇詔勅により諸国に国分寺を造
らしむ筑後国分寺と称す。(神体釈迦を1基)
当時は農作物豊でなく疫病流行し人民が苦しんでいた。
 
承平2年(932年)宮一品兼基親王宮を建立す。これが当地
に日吉神社が鎮座された始めである。  
(日吉神社の記録に拠る)


                                        
日吉神社正面 日吉神社本殿


日吉神社由緒 日吉神社本殿屋根



国分寺跡の由緒 境内の「国分僧寺講堂跡」の碑



明治29年歩兵第48連隊(現自衛隊)の創建されるまで、永く西国
諸大名
参勤交代道路に面し、中世以前(南北朝時代)又は、天
正の乱の古墳群の一つとして、特にこの塚を通る大名は乗り物を
下り、共は槍を伏せて通ったと言い伝えられている。

この大古墳を地ならしして、明治29年歩兵第48連隊が創建され
た。以後不慮の事故が続いたので、一週間の祈願をした後、建設
時に掘り出されたた甲冑・刀剣類を取りまとめて、日吉神社境内に
十三塚神社として創建された。 (日吉神社の記録に拠る)


十三塚神社 十三塚神社全景