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    あとがき
   
  母の八十八のお祝に、昭和四十七年十二月二十日付で発行した初手物語は幸い好評を頂いた が、病中の母が読み得るうちにと発行をいそいだので、都合で割愛した話や、方言についての 不備もあったので、析があれば増補改訂して再刊行しょうと母に約束していた。母は昭和四十 八年十二月十五日没したが今年末母没後三年を迎えるので母への約束を果したく再出版をする ことにした。

  方言について然るべき知識を持たなかった私は、方言くらいと思っていたため初版に於ては 多くのミスをしていたので、今度は出来るかぎり訂正したつもりであるが、それも決して完全 などとは云えない。これ以上は非才の私に取っては荷が勝ちすぎている。

  明治期に入って方言も急速に変化し始めたらしく、母の生活変化も加えて母の幼時と晩年と では大変な違いがあって、どこをとらえてよいか、亡び去った言葉もあったりで私には判らな いので、母存命中、その時々の言葉使いを確め得ていた話には*印を付け、七章の殿様話しご 家来衆の話しと八章の真藤の先祖の章とを、私の耳で聞憶えている母の大正十年頃以前の言葉 でかき、外の章は、昭和十年頃以後の母の言葉で大方書いたつもりである。

  母の方言で気付いた事は、古い言葉程「てにをは」が省略されていることが多い ことと、「何々が」と云う「が」音が、大ていの場合、「の」音であったことである。これは 母のみでなく、母の周辺の古い人達の言葉もそうであった。それから年の数え方は母の数え方 にしたがい、皆数え年で満才ではない。

  再版に際して、初版の時お骨折り下さった古賀幸雄さんと、古賀ユキさんに、再び御援助を お願いした。古賀幸雄さんにはことに出版社へのお世話など御尽力を頂いた。ここに再び出版 出来たことは両古賀さんの御援助によるものであり、出版社の御厚意にもよるものであること を深く感謝申し上げるものである。
    昭和五十一年十一月五日
                             真藤アヤ


初手物語
明和四十七年十二月二十日 初版
昭和五十一年十一月三十日 再版

口述 真藤ミチヨ
収録 真藤アヤ

久留米市国分町八枝五八六
〒830 電話 32−8692

編集
    古賀幸雄
    古賀ユキ
    真藤アヤ
発行
    久留米郷土研究会
取扱
    (久留米市国分町ニニ七古賀幸雄)
印刷 (資)束兄弟印刷所
八女市祈祷院五六三
〒834 電話 4−2111



上記は発刊当時の連絡先ですので、現在は使われておりません。
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NPO法人「シニアネット久留米 本部事務局」宛てにお願いいたします。


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