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    夜の団欒
   
  お父っつあんのゆっくりあんなさった頃は毎晩新聞のいろいろなニュースてん、小説てんば 読うでやりょんなさったけん、みんな「ヘーん」ち感心して聞いたり、何じゃ彼じゃ小説の続 きば、そんならこんだ、ありがどげんするじゃろてん成行きば推量して、みんなそり聞くとが 楽しみで来よったたい。

  寒か時だんお台所に、小まか火鉢に幾つでん火ば入れてあるもん、そりば、ぢいやいどんが ひとつづゝ「どっこいしょ」で抱えて来るもん。上の茶の間は狭まか六畳じゃけん、お茶の間 に人間ばっかりぐじゃぐじゃして、ぽっぽっするごつぬっかりよったたい。

  下川原(しもごーら)ん茂平ちゅうぢいやいは、雨じゃろと雪じゃろと、十時にきまって来 るもんじゃけん、誰でんが、十時茂平さんち、あだ名ばつけとったたい。

  あたしが小まか時ゃお話好きじゃったけん 、ぢいやいどんば掴まえて、夜さり限らず昼でん お話お話ち、せがみよったけん、ぢいやいどんも、もてあましとっつろの、よう「シャまんご たるお話好きのご隠居さまん居んなさったげな」ち云うて、千匹ねずみのドブン、チュウチュ ウてん「ドンブリ、カッチン」の話てんするもんじゃけん、聞き飽いて、そげんとじゃなか話 ばせっさいちぐぜりょったたい。

  もう学校に行くごつなって新聞も読むるごつなった時ゃ、お父っつあんの色々なこつでいそ がしうなって、夜おんなさらんこつもありょったけん、そげん時ゃ、あたしが代って新聞ば読 うでやると「ほんにもう新聞ばそげん上手に読みきるごつなんなさったのう」ち、感心された り、お父っつぁんのごつ節つけたごつ読まんけん、却って、シャマん読み方ん方がよう分かる ち、おだてられたりして読うでやりょった。

十二時頃までだん、そげんしてお祖父っつぁんでん、ばばさんでん、お父っつぁんでん、おっ 母さんでん、男女、出入の者達もみんな寄り合って話したりしょった。

  男、女は朝は六時にゃ起きるもんじゃけん眠かっつろたい。そっで眠むかときゃ、小屋ん方 さん行って、冬は日向ぽっくりどんして、昼寝どんしよったごたるようたい。そりばってん夜 なべするもんな話ば聞きながら、次の茶の間ん方てんで、縫物どんしよったし、男達も大っか けしね臼でトスン、トスン、内庭(台所の方の土間)で米どん搗きょるこつんあった。女も時 々砧打つこつもあった。鼻歌どん唄うて。ばってん夜さり寄りつ組んづして喋べくって、みん な面白かりょったごたる。

  七蔵ち云うて御井町から来る出入の大工のおって、ほんに話てん芝居の真似てん上手じゃっ たもん、若か頃にゃ村芝居で色々な役ばしよったごなる模様で、お酒どんが入っとっときゃ法 界坊てん、勘平、鷺坂伴内てん、口から泡ふき出して大さわぎして、お茶の間んお縁でどんど ん云わせて、して見するもん、織屋ん方からの廊下が、花道なるもん。顔世御前もしたこつの あるち云うとが自慢じゃった。

時にゃ昼間から来てどんどん云わしょった。お祖父っつあんな、たいがい騒いだっちゃ、黙っ とんなさったばってん、いつか昼間から、あんまり騒ぎょった時ゃ、一言「やかましか!」ち 仰っしゃったけん、やめたこつんあったばってん、めったにそげん叱んなさるこつぁなかった。

七蔵の息子もよう来よったばってん、そりゃ親父さんと違ごうて、もっとーっと、話どんした りしょった。本どんよう読みよったごたるふうで、本で仕入れて来た話ばして聞かしょった。


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