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    お姫さまのくらし
   
  ほんに世間じゃ「お姫さんのごつ」ち、よっぽどよかごつ云うばってん、お姫さんにどん、 なるもんじゃなかち、岡野んおばさんの仰しゃりよった。

  お姫さんちゃほんに大ごつじゃったげな。少しのお暇もなかげなもん。朝お髪(ぐし)上げ のありょる間も、お膝にご本置きになって、ご本のおさらえげな。何刻から何刻まで何ち、 ちゃーんと時間割のきまっとるげな。お遊びの時間もちゃーんと決まっとるけん、お遊びの 時間に成っと、みんなばらばらお庭に出ておいって、若様方のワァワァ仰しゃっておあそび なりょるばってん、ドーン、ドーンち時刻の大鼓の鳴っと、さーっと引上げておしまいなっ て、ご勉強げなもん。

  お姫様方もお遊びの時にゃ、時々柳原あたりからお城の外にお出ましなって、畑に南瓜て ん何てんの生っとっとば、おままごとのお野菜にお付きの者が、ちょーいと、ち切って来よ ったげな。百姓にゃそのお役の者たちが、あとでチャンと勘定はしよったげなばってん、お ばさんの、「ほんにあげんして南瓜でん何でんお構いなしち切って来よったが、あの中にゃ種 南瓜どんがあっつろうに、百姓はほんに困りよったじゃろ」ち仰しゃりよったげな。

  お姫様方も芝居のお姫さんのごつ、チラチラ髪挿してん花櫛てんな、おちさか時ゃお着け んなりゃおらじゃったけな。お髪ばおつむりの真中で束ねて、両方に輪になるごつお結いな りょったげな。稚児髷ち云うとげなたい。お召物も芝居のごたるこつじゃなしご質素なこつ じゃったげな。

  お年頃になんなさって初経のあんなさっと、お一人前お成りなったお祝のありょったそう な。殿様から月経帯ばお三宝に載せてお遣しなるげな。そりばご老女が捧げ持って、お姫様 のご前に置いて、お赤飯のご祝膳の出よったそうな。そして始めてお一人前お成りなったと こで、お召物もお姫さんのごたるふうになるし、髪かざりもおつけなりょったげな。

  そりばってんお躾の厳しかったげな。後、小松宮妃におなりなった頼姫様方も、殿様に朝 の御挨拶なさるときゃ、殿様のお手水お使いなっとると、どげん寒か朝でんお廊下で、お敷 物もなし、キチーンとお座りなってお済みなるまでお待ちなっとるげな。そーすっと、その うちお済みなった殿様の、「頼」ち、仰っしゃっと、ご前さんおいでになって「お早ようござ います」ち、ご挨拶申上げなさっと殿様の「うむ」ち一言仰っしゃって、そっでご挨拶の済 んで頼姫様はご自分のとこさんお下りなりよったげな。

  召上り物もほんにご質素じゃったげな。余計お上りなるとお肥りなるち云うて、ご飯もは かりごはんで、脂気てんなんてんも少なかごつちうて、油揚げてんなんてん小ーも作ってあ るげなたい。一口ぐらいの大きさに…。世間の者の思うごたるおごちそうはなにもなかった げな。はかりご飯で量の少なかもんじゃけん、ふとり盛りのお子様方は、そりじゃどうして ん足んなさらんげなもんじゃけん、ご飯のお済みなってん、お膳からお立ちならんげな。

そっで初め、何か一口お椀の蓋てんなんてんに取り分けて置いとって、そりばお食事のすみ なさった後で、ちょいと口の中に入れて上ぐるげな、そすと、すーっと立ち上っておいりょっ たげな。ご身分の高かろうと予供はどこの子でん、ひもじかつは同しこっちお話んありょっ た。お八っのお菓子も干菓子のおろ甘かごたるもんじゃったげな。

立派な蒔絵のお菓子重の小まかつば、掛りのとこに出しとくと、それちゃんとお菓子の詰め てあるけん、そりば上げよったげな。美味しうんどーんなかつば……。殿様てん御前様(奥様) てんのご膳な、またどげんか違うちゃおっつろばってん。

  殿様の藩知事お成りなって、高良山お住いの頃は、よう山から追分ん方さんどん降りてお いって、在方んどこそこに、は入っておいるこつんあったげな。在方ん者の切団子どん上ぐ っと、かえって面白がって召上がよったごたる話じゃん。追分ん醤油屋にどん、ようおいり ょったち云うこつじゃった。


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