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    上郡地主さん
   
  初手上郡に昔からの大地主のあったもんの。
  そこはばばさんが家付娘でなかなか旦那んさんな頭の上んなさらじやったげな。うちゃく さい、養婿じゃけん、婿さんの小もうなってござるてん云われとうなかったけん、あんまり 奉り過ぎて、あげなふうになってしもうたが....。

  岡野に来とったおトモが、もとそこに奉公しとったげなけん、そのばばさんのこつもよう 話しよった。もとうちの土地が蜷川にあったとこの差配しとった藤五ち云うとも、来てよう、 そこの打ち崩しんこつば話しよった。

  そのばばさんなそげなふうで、自分のし放題のこつしよんなさったふうじゃん、かかあ天 下ち云うとじゃうたい。久留米に元、大っか旅館のあったもんの。そこの亭主が男妾てうち 云うこつで、大っぴらで誰でん知っとったげな。ほーんに米でん、芋でんなんでん、ふごで 荷なわせて届けさせよんなさったげなたい。旅館建つる時も、うんと、お金出してやんなさ ったげな。お召物でんなんでん派手なこつじゃったげな。

  ばばさんの、トモーち呼びなさるけん行って見ると、その頃まで、この辺にゃそげな派手 な模様の長肌着てんなかころ、牛若丸が笛吹いて、浄瑠璃姫が菊の花の中で琴弾きょる、ち 云うごたる派手な見事な総模様の長肌着ば、くるーっと裾めくって見せなさるげなもん。ほ ー、ち思て見よったげなりゃ、向うから旦那ん様んおいりょるげなもん。

チョーイと裾下ろして、知らん顔しとんなさって、また旦那ん様ん向うさんおいったあとで、 ペローッち舌どん出しなさるげなもん。其頃ちゃんとしたとこの奥さんが舌どん出すちゃ、 お行儀の悪るかどころのさわぎじゃなし、話しにもならん言語同断のこつに、旦那ん様の後 姿に舌出しなさったり、ドウしたこつじゃりちおトモがアキレて話しよった。万事そげなふ うで、東京あたりから取り寄するち云うふうじゃったげな。

  そげんして贅沢三昧しなさるとに預米の取立のきびしかげなもん。小作人が持って行くと、 キチーンと計りなさるげな。一合でん足らんと不足分ばまた持って来らせなさるげな。そっ で持って行った米ば不足分の俵に入れなさるならよかばってん、そりゃ入れんで、別にそげ んとで俵ば作んなさるげな、計り直したりすりゃ、どうしてん計り込むもんじゃけん、そり に預米の高もなんせ多かもんじゃけん、そげな不足分ばよせ集めたつで、何俵でん出来るげ なたい。

そりば売んなさるげな。そげなふうで贅沢はし放題、預米の取り立ては高うしてきびしが、 せり出した米は不足俵にゃ入れんで別俵作って売んなさるち云うふうで、ほかにも何じゃ彼 じゃ憎まれとんなさったふうで、明治の中頃のこつげなたい、とうとう打崩しん起ったげな。

  大体、上(かみ)郡(旧生葉、竹野、山本、現浮羽郡と久留米市東部)ちゃずーっと昔から百 姓一揆の家元んごたるとこじゃったらしかもん、どうしてじやったじゃり。

  「八幡河原に鍋釜引き摺るごつ」ち、そうがましか(騒がしい)こつば云よったっは、宝暦 騒動んとき百姓達が筑後川べりの八幡河原に集って、破れた鍋釜てん古るなった鍬てん、す き先てんば繩にきびっ付けて、河原の石ごろごろん上ば引きずり廻して、なったけ、やかま しかごっ音させて、気勢ば上げたけんげなたい。

  このばばさん方の打崩しが、上郡の一番しまえの打崩してろち云うこつたい。
  打崩しんときゃ、どこにどん隠れとんなさったじゃり、人話しじゃお宮に一晩な泊んなさ ったげな。お宮じゃうち云うこつで、みんながお宮にドンドン石ば、破るるごつ投げつけた げなたい。そんときお宮ん内側で、はめ板んかげ、ヤモリか何かんごつ、ぴたーっち、ひ っついて、かくれとんなさったげなたい。

  初手は、ほーんにそげなふうで地主ちゃ威張っとったらしかもん。ことさら身分のある地 主てんな、小作人たちば人間扱いにせじゃったふうじゃん。なかにゃ小作入ば手厚う扱こう たとこ辺もあったらしかばってんそげんとこは、ほんに少なかった模様たい。

  こりゃ殿様頃のまあだ天保頃てろのこっげなが、やっば上郡の大地主で大庄屋のうちで、 どうしてじゃり自分方に、借銭がごーほん出けたけん、郡方の役入達と話し合うてその許し うけたてろで、自分方ん負債ば、自分のかかりの百姓たちに割り当てて、支払うたげなもん じゃけん、ただでさえやかましか上郡の百姓が、何のだまっとろの、大騒動の一揆が起って しもたげなたい。そげなこっする大庄屋も大庄屋そりば許可する役人も役人たい。そげな風 で大地主の多かった上郡であげな騒動のよう起りよったじゃろ。

  両郡も(御井、御原、)河南の方じゃ、御城下近かったけんかしれんばってん、昔から、ち ーん騒動んあった話しゃきかんばってん、河北の方じゃ、ほーんに地主ちゃ威張っとって、 いざこざもありょったげなが、いつか、お父っつあんの「うちへんも威張っとっとじゃろば ってん、両郡の方は、お目見え浪入ち云うてほーんに、威張っとるばい、どうしてあげん威 張るじゃり」ち云うてアキレとりよんなさったけん。うち辺もお目見えてうじじやったげな ばってん。ご城下近くじゃあるし、お目見えどこでは威張らるゝもんの。あっち辺なご城下 から遠かもんじゃけん、鳥なき里のこうもりどこじゃったじゃうたい。


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