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  うちにゃ初手から鶏もおった。初手んこっで放し飼いじゃった。餌だんやりよったたい、 どこでんそげなふうで放し飼いじゃったたい。大正頃になったりゃ、竹囲いの鶏小屋どん作 るごつなったばってん。

  とりのねむり場所は、勝手口の土間のお台所の方に向けて、鴨居の上に竹籠の大きう長う して半分口開けたごつしとっとばつけて、上り口には竹ざをに藁巻いたつば、地べたから立 てかけとくと、鶏たちゃ朝めんめん飛び出して、その藁巻いた竹ば伝うて降りたり、夕方に なっと、またその竹ば伝うて上って行って体んだりしよった。昼問は屋敷のなかば遊び廻り よった。餌やるとき、おらぶと何処からでん、バタバタ飛うで来よったたい。

かねては卵はその上の籠のなかに生みよったたい。ところが毎日一羽一羽帰って休むとば数 えはしよらじゃったけん、一向気のつかじゃったりゃ、ひよこどんば、ばさろー連れて、 コッコッコッコッち云うて出て来たたい。どこでどんひよこば育てたじゃろかち云よったりゃ、 藪の西の方にツツジてんば植込うどるとこに、一段、段のついたとこの横穴のごつなっとっ たとこに、卵の殻のこーほんあったたい。そげなこつの時々ありよったたい。

  いつかだん、竹藪のにきの、葉蘭の十坪ぐらい生えとるなかに、殻のあったこつもありよ った。
  いつかツルさん方の雄鶏が遊びに来たなり帰らんで、うちの鶏どんと一緒に籠のなかに休 むもん。持って行くとまた直ぐ来よったたい。ツルさん方にはその頃、、その雄鶏が一羽にな っとったげなけん、同志のおるとこさんこげん来るとじゃろたいち、云うたこっじゃった。

  大正の六年ぐらいじゃっつろうか、まあだ川原の藪のあった頃じゃったけん、山本が西原 で白色レグホンば沢山置いとんなさったつば、恒が、二、三羽頂いて来たけん、川原ん藪か ら竹切って来て、おぢやい達が共同風呂のあったあとに、広う鶏小屋作ったたい。そんとき また川原ん藪からひらくちば一匹つかめて来たこつのあったたい。

そして卵どん生むごつなっとったりゃ、いつか鶏がホーンに騒ぐもん。行って見たりゃ、鶏 の休み場の中に種卵ち云うて焼物の卵のこたっとば入れとったっば、大っか"やじらみ"が来 て呑んどるとこじゃん、鶏が騒ぐ、人間が来るで、「やじらみ」は逃ぎゅうでちするばって ん、焼物の卵呑うどるけん、竹と竹の隙間からなかなか外さん出られんたい。

あっちこっちしよったが、ようよう抜け出して逃げて行った。焼物の卵のうで、どげんどん したこつじゃりち云よったりゃ何日かして、アヤが焼け跡の泉水の中の飛石の横にあったち 云うてその種卵ば拾うて来たたい。飛石にどん巻きついて吐き出したつじゃろ、苦るしかっ つろたいち笑うたこつじゃった、


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